課長007
相手の地位の高さで人とつきあうな。肩書きという位置エネルギーで人を見るな。成長している人間とつきあえ。その人間のベクトルが上向きになっていれば、無名の若者ともつきあえ。
われわれは「惜しい」って女性に
いちばん「色気」を感じるんですよ。
ソフトウェアの世界は様々な略語であふれているが、PHP = Personal Home Pageほどダサイものはなかなかない。
昔犬を飼っていたんだけど、子犬がはしゃいでいる分には親犬も放置しているが、
あまりにも騒ぎすぎたり、強く噛んだりすると親犬がちゃんと叱るんだよな。
そのレベルに達していない人間が増えたのかな。
貧富の格差に対する草の根の抗議運動としてNYから世界各地に飛び火した「オキュパイ・ウォール・ストリート(OWS)」が実は一部で「タンブラー革命」と呼ばれているのをご存じだろうか?

OWSの主催者たちはデモを始める前の8月に「wearethe99%」というアカウントを設置し、ローンが払えない、仕事が見つからないといった自分の苦境を表す文章に「私は99%です」の文に加え、写真とともにアップするように、一般ユーザーに呼びかけていた。このアカウントは、気に入ったポストを自分のフォロワーと共有するタンブラーの「リブログ」機能によって瞬く間に拡散し、ネット上でOWSが知名度を上げるのに大いに貢献した。
タンブラーを創立したデビッド・カープは、ニューヨーク生まれの25歳。14歳でアニメのプロデューサーのもとでインターンを始め、その後、年齢を隠して、都市部に住む母親が情報交換するためのサイト「アーバン・ベイビー・ドットコム」でソフトウェアコンサルタントを務めたという“神童”だった。

ショートフォームのブログ「タンブログ」という言葉が登場したときに、どこかのIT企業がプラットフォームを作るのを待っていたが、その動きがなかったために自分で作ってしまったことを複数のインタヴューで明かしている。

これまで、著者P.W.シンガーの著書は「戦争請負会社」「子ども兵の戦争」を読んできた。国際紛争の視点は中立的(国連的)で、多国籍軍とは距離をおいた言い方をしていた。ところが本書では、驚くほどアメリカンな視線で語ってくれる。戦場から人を排し、ロボット兵を送り込むことで、自国がどのように見られているか、ようやく気づいたようだ。

  • 戦争から人間性を奪うことによって、世界から見れば、われわれ(アメリカ)こそ「ターミネーター」のように見えてしまうかもしれない
  • アメリカは「スター・ウォーズ」の悪の帝国のように、相手はロボットの侵略者に応戦する反乱同盟軍のように見える

 正義の味方になりたがり、「戦争を終わらせるための戦争」をしたがるアメリカ人にとって、無人機は、誤ったメッセージを発信するという。曰く、無人機は無差別テロを「引き寄せる」のだと。イラクの民間人の発言が印象的だ。

「イスラエル人やアメリカ人は冷酷で残忍だという象徴が、無人システム。私たちを戦わせるために機械を送り込んでくる臆病者だと考えている…男らしく戦おうとせず、戦うのを怖がっている、と。だから自分たちが勝つには、イスラエルやアメリカの兵士を何人か殺すだけでいい」

 ロボットというと、アメリカ人は「ターミネーター」のような不気味な存在を思い浮かべるらしい。お国柄だろうか、ロボットというと友達やメイドを作りたがる日本人と偉い違う。2003年のイラク戦の作戦名「Shock and Awe(衝撃と畏怖)」で役立つと思いきや、「正々堂々戦わない」という、まるで逆の印象を植え付けている。著者は、テロリストにアメリカ本土を攻撃する動機を与えることになると警告する。無人機が、「テロを推奨する」のだ。

高田純次と同様に最初はテンションが高く暴れているが、出番前の楽屋からずっとハイテンションなために最後には疲れてテンションが低く人の話を聞かないことがある。なお、関根麻里はタイプの似ているこの二人を「理想の男性」に挙げている。このことについて父親である関根勤は「おれの育て方は間違っていなかった」と述懐している。
キューブリックは理想の映像を求めて、ときには148回同じシーンを撮り直したが、アルトマンはテイクを重ねることを嫌った。そのため、何度もテイクを繰り返しながら、理想の演技へと近づけていくウォーレン・ベイティーのような俳優とはそりが合わなかったと告白している。他の監督であれば時間をかけて行う脚本の読み合わせも「大嫌いだ」と話していて、読み合わせをしたがるポール・ニューマンには辟易したと語っている。入念な打ち合わせよりも、アルトマンが重視するのはむしろ、意図せざる偶然やアクシデントといった要素の導入である。たとえば『三人の女』(’77)でシェリー・デュヴァルが車に乗り込むと、必ずドレスの裾がドアに挟まってしまうというモチーフも、偶然に起こったできごとを作品の要素として取り入れた結果だ。「撮影中に起きた事故、偶然、逸脱、キャメラ助手の助言、そして何より俳優自身から出てきたもの。映画の最高の見所を作るのはそうしたものなんだよ」とアルトマンは述べている。
毎晩、外食やカクテルパーティに出かけて誰かと話しても、結局は誰かの言うことを繰り返すようになるだけで、何かを創造することはできない。人と話ばかりしていると、とても居心地が良くなりはするが、同時に独創性も失われていく。創造的になる唯一の方法は独りで居ることだ。誰もいない場所で、まっさらな紙やコンピューターと向き合うこと。それが、自分独自のアイディアと直感を見つけるために最適な方法だ。